研究者総覧「情報知」
計算機数理科学専攻
- 氏 名
- 澤 正憲(さわ まさのり)
- 講座等
- 情報数理基礎論講座
- 職 名
- 助教
- 学 位
- 博士(情報科学)
- 研究分野
- 代数的組合せ論、統計的実験計画、数値解析、グラフ理論
研究内容
二次形式と高次形式、立体求積公式、最適実験計画法
研究概要「均整」のとれた集合,配置,図形などに幅広く興味を持っています。たとえば正20面体は均整のとれた美しい図形ですが(おそらく多くの人にそう感じてもらえると思いますが)、その直感的な美しさを厳密に述べるのは案外難しいことではないでしょうか?私の研究の目的は、このような集合や配置の持つ直感的な美しさを組合せ論的に、統計的に、あるいは解析的に様々な視点から定式化することです。またこれらの基礎研究の通信理論や流体工学への応用にも興味を持っています。
研究テーマ
1.Hilbert恒等式
任意の自然数を幾つかの自然数の冪乗和で表すことができるか、という問題をWaring問題といいます。古典的な結果としてLagrangeの定理が知られています。19世紀中頃から20世紀初頭までのLiouville、Schurらによる4乗和、5乗和の結果を経て、Waring問題はHilbert (1909) によって完全に解決されました。
Hilbertの仕事において鍵となったのは、Hilbert恒等式という代数的恒等式の存在証明でした。Reznick (Illinois Univ.) は、有名な論文”Sums of even powers of linear forms” (Memoirs of the AMS, 1992) の中で、Hilbert恒等式の美しさを様々な視点から論じ、高次形式論の基礎を築きました。Reznickの仕事を受け、最近では、Hilbert恒等式の明示的な構成法の研究や、べき乗項の各係数の正負の分布の解析など、様々な興味深い課題が当該研究分野を中心に研究されています。
以上の背景のもと、私はReznick氏や野崎寛氏(愛教大)と共に、Hilbert恒等式と特殊なCFの相互関係に着目し、Hilbertの定理の単純な別証明やHilbert恒等式の幾何的構成法を検討しています。
2.Cubature formula
多変数関数の積分値を空間内の有限個の点での関数値の重み付き和で近似する公式をcubature formula(CF)、あるいはEuclidean design(ED)といいます。少ない近似点からなるCFの存在問題は、S. L. Sobolevらロシアの解析学者を中心に、多変数直交多項式の共通零点の解析と並行して古くから考えられてきました。また、ある種の最小性をもつCF(最小CF)の近似点の集合には、アソシエーションスキームやコヒアラント代数などの代数構造が自然に付随するため、CFの研究は代数的組合せ論や幾何などの分野においても盛況です.
以上の背景のもと、私は坂内英一氏(上海交通大)、Vesselin Vatchev氏(Texas Univ.)、平尾将剛氏(東京女子大)らと共に、解析学における直交多項式の理論と幾何の距離集合の理論を融合させることにより、少ない近似点からなるCFの存在性や特徴付けに関する基礎研究を進めています。
3.組合せデザイン
19世紀中頃、Jakov Steinerはt-デザインという組合せ配置の存在問題を提示しました。代数的にはt-デザインの構成問題は、有限集合の(同じサイズの)部分集合の群軌道から特殊な正則条件を満たす軌道を抽出する問題に帰着されます。軌道分解に基づく2-デザインの構成法については多くの先行研究がありますが、より一般のt-デザインについてはWitt (1938) の多重可移群を用いた理論やKöhler (1979) の巡回群を用いた理論を除いて十分に研究が進展しているとは言えない状況です。
以上を踏まえ、私はReinhard Laue氏(Beyreuth Univ.)や宗政昭弘氏(東北大)と共に、Köhlerの理論の一般化やアフィン幾何の平行束の一般化概念を用いた構成法を検討しています。
4.最適計画
例えば近年話題になっているシェールガスの埋蔵状況を知りたいとして、ガスの埋蔵量の分布が多項式回帰モデルで表されているという少し(かなり)虫の良いことを考えたいとします。このとき観測結果をできるだけ精度良く推定するためには、地球上のどこに観測点を置くと最も良いでしょうか?この問題には最適計画という統計的実験計画の手法が深く関与しています。
問題の一定式化として、観測点の集合は球面(地球)上の幾つかの(有限個の)点でのDirac測度の実線形結合μで表わします。各測度μには観測誤差を最小化するような回帰係数(θとおく)の最小2乗推定量θ'が対応します。このθ'の分散を”何かしらの意味で”最小化することが我々の目標になります。多次元の場合、θ'の分散(分散共分散行列)を”最小化する”とはどういうことなのか議論が必要かと思いますが、伝統的にFisher情報行列M(μ)の固有値の汎関数(最適性基準)が最小化の対象となることがほとんどです。基準関数が与えられたとき、それを最小化する離散測度μを最適(実験)計画といいます.
多項式回帰モデルに対する最適計画の最初の論文は、デンマークの統計学者Kirstine Smith によって発表されました ("On the 'Best' Distribution of Observations, Biometrika, 1918)。1900年代中頃、Jack Carl Kieferは最適計画を凸解析的な視点から捉える理論的枠組みを構築しました。これを受けて、今日では(その弟子)Hedayat, (さらにその弟子)Stuffkenら米国学派やHolger Detteらドイツ学派の統計グループによって、最適計画の研究はより高度な理論的枠組みの中で進められています。わが国においても、クワ田、神保、景山、栗木、藤原らによる最適計画と組合せ論(や情報通信理論)の相互関係の研究などが非常に盛況です。
こうした国内外の研究状況を踏まえて、私は有限次元のヒルベルト空間H上の線形回帰モデルに対して(離散的な)最適計画の存在および構成法を検討しています。この一般的な設定は古典的な多項式回帰だけでなく、何かしらの周期性のある現象記述モデルである三角回帰やフーリエ回帰も範疇に含まれます。なお一連の研究は神保雅一氏(名大)他との共同研究です。
5.等長埋め込み
Yuan Xu氏(Oregon Univ.)と共に、有限次元のバナッハ空間lnpからlmqへの等長線形作用素の存在性を検討しています。この問題は球面積分に対する”指数型”のCFの存在問題と等価であることが知られており (Lyubich-Vasersteinの定理)、CFの基礎研究としても重要な意味があります。
有限グラフGは通常のグラフ距離に関して距離空間をなし、また長さnのq進符号語全体の集合H(q,n)もハミング距離に関して距離空間をなします。GのH(q,n)への等長埋め込みはいつ存在するか?存在するとすれば、埋め込み次元(nの最小値)はいくつか?一連の”グラフの等長埋め込み問題”は幾何や組合せ論のみならず、2次形式の理論とも深く関与しています。
6.応用
(a) デザイン理論の通信への応用
2次元画像の光伝送に適した空間CDMA(Code Division Multiple Access)では、通信効率を高めるため空間直交符号という符号が必要となります。空間CDMAに関する既存の研究の多くはハードウェアの方向から実験的にその可能性を探るものであり、符号の多重特性の理論検討の論文としてはYang-Kwong (1996)、Omrani-Kumar (2006) など数編しか発表されていません。こうした国内外の研究状況を踏まえて、私は北山研一氏(阪大)や中村守里也氏(NICT)と共に、空間直交符号と”ある”代数構造を有するt-デザインの相互関係に着目し、空間直交符号の組織的な(組合せ論的な)構成法を模索しています。
(b) グラフ理論の流体工学への応用
流体工学などの分野に応用されるグラフ分割法では、分割後の個々の連結成分の”バランス”と,分割によって”削られる”頂点ないし辺の最小化が求められます。こうしたニーズに応えるため、私は中島卓司氏(広大)と共に、Miller-Teng-Thurston-Vavasis(SIAM J. Sci. Comp., 1998)で提案された幾何的分割アルゴリズムの精査と改良を検討しています。
経歴
- 2007.9:名古屋大学。博士(情報科学)
- 2007.10-2008.3:JSPS特別研究員。PD
- 2008.4-2009.3:高松工業高等専門学校。講師
- 2009.4-現在:名古屋大学。助教
所属学会
- 日本数学会、日本統計学会
主要論文・著書
- On positive cubature rules on the simplex and isometric embeddings. Mathematics of Computation (To appear). (With Yuan Xu)
- Note on cubature formulae and designs obtained from group orbits. Canadian Journal of Mathematics 64 (2012). (With Hiroshi Nozaki)
- A new approach for the existence problem of minimal cubature formulae based on the Larman-Rogers-Seidel theorem. SIAM Journal on Numerical Analysis 50 (2012). (With Masatake Hirao, Hiroshi Nozaki, Vesselin Vatchev).
- On the existence of minimal cubature formulas for Gaussian measure on R^2 of degree t supported by $\lfloor t/ \rfloor + 1$ circles. Journal of Algebraic Combinatorics 35 (2012). (With Eiichi Bannai, Etsuko Bannai, Masatake Hirao).
- A q-analogue of the addressing problem of graphs by Graham and Pollak. SIAM Journal on Discrete Mathematics 26 (2012). (With Saori Watanebe)
- Optical orthogonal signature pattern codes with weight 4 and maximum collision parameter 2. IEEE Transactions on Information Theory 56 (2010).
- A cyclic group actions on resolutions of quadraple systems. Journal of Combinatorial Theory Series A 114 (2007).