氷がはっている。日差しはまだ低く冷たい空気の中を黙々と歩く。 尾根をまわるようにルートをすすむと、左右の稜線が奥まで伸びている。荒野の風景だが大地を感じさせるそれに体調の不安も吹き飛ぶ。
しばらくすると向こう側から奇妙な連中がやってきた。皆おそろいのピンク系の衣類で体から顔まで完全防寒し、篭をかついで列になってやってくる様はSF映画に出てきそうなほどシュールだが、大きなパーティのポーターをしているネパーリだろう。
マルシャンディ川の流れは小さな橋で対岸に渡れるほど小さくなっている。休憩は対岸に渡って登った場所にあった茶屋でとった。欧米人トレッカーやガイド・ポーターのネパーリなど盛況である。もうフェディはすぐそこだ。ここでゆっくり休憩し景観を満喫する。
<歩いてきた方向>を振り返れば真っ白だ。南に面する斜面は茶色い地膚を見せているが、北面は雪が斜面を白く覆っている。
休憩した茶屋からフェディまでは川の西岸をほぼ真っ直ぐに進む。バハドールさんに急いで通過するように言われた地点では通過している最中にも上から落石がコロコロあるような場所であった。崩れた斜面がそのまま堆積しているような状態であり、いつ全体が崩壊してもおかしくない。ひとはその上をまた踏み固めてルートにしていくのだろうが。
トロンフェディの宿泊施設であるトロン・ベース・キャンプ・ロッジは予想外に大きく、またそれ以上に来るトレッカーも多い。午後からは食堂もいっぱいになりテーブルの確保が困難になる。
このロッジではじめに目についたのは干してある洗濯物の多さだ。欧米人はここまできてもまめだと思う。またこの高度にもかかわらず食事のメニューやショーケースに入れてあるミネラル・ウォーターやクラッカーなど品数の多さには驚きである(値段はそれなりに上がっているが)。ただお客がいっぱいで盛況なせいか、料理は注文を入れてからかなり待たされた。
日はまだそんなに傾いていないし食堂は満員にもかかわらず寒い。クラッカーをかじり紅茶をのみながら日記をつけたりする。動いていない間は不調で風邪をひいている体には正直この底冷えはこたえる。高山病の心配さえなければシュラフにもぐりこむのだが、せめて日が落ちるまでの辛抱だ。
欧米人がうまそうに食べているフライド・ライスを見て食べたくなり注文した。さんざん待たされた後にきたそれはおせじにもうまいとは言えなかった。それでも注文した手前、残すには抵抗があったのでかなり口に運んだが昨日のこともあり半分でギブアップする。今日は夕食の楽しみもなく、先に部屋に戻りシュラフにもぐりこむ。
チャメでのパワフル・スイス人やトールの宿にいたスタローン(似)もいた。今村さんは夕食のときスタローン(似)とたまたま同じテーブルになったそうだ。その時、彼は紅茶を頼んだがスプーンが出てこなかったらしく、砂糖入れから直接砂糖を入れ指でかきまわしていたという。注文した料理がなかなかこないのにも困ったといった様子だったそうだ。
食事で体が暖まっていないせいかシュラフに入ってからも寒くて眠れない。冬用のこのシュラフでこんな思いをするのは初めてだ。試練のときである。
やっと寝付いたと思った10時ごろガサゴソする音で目が覚める。ねずみがいるらしく窓際においてあったアーモンドやカシューナッツなんかが喰われてしまう。ライトを照らすと窓枠の横にある小さな穴にねずみが逃げていくではないか。ハムスターのようなグレーと白のツートンカラーのやつで、片手で握れるくらいの大きさだ。こうやって人の行動食をくすねて生活してるのだろう。みかけただけでも3匹はいたから実際はかなり多いはずだ。
今村さんにも一応いったが、今村さんもザックに入れてあった行動食の一部がねずみの餌となった。