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Taylor Vortex Flow at Very Small Aspect Ratio
(Mode Formation and Bifurcation in Time-Developing Dynamic System)
回転2重円筒間に生じるテイラー渦流れは,層流[1]のみならず 乱流状態[2]においても 多様な流れのモードを持つことで非線形 力学的に興味のある現象であるとともに,ジャーナル軸受けや各種流体機械,化学反 応装置などに現れる流れであり,その解明は工学上有用である.特に,非定常的な モードの形成,変化は,装置に働くトルクや反応速度の変動をもたらし,その予測, 制御は重要である.本研究では,内円筒が回転,外円筒が静止しており,円筒間の隙 間に対する流体の軸方向高さの比であるアスペクト比のオーダが1程度の流れを 対象とする.
テイラー渦のモードは,大きく正規モードと変異モードに分けられる.正規モード は,円筒端面近傍の領域において,外円筒側から内円筒側への流れを持つ正規セル が,円筒の両端面に現れるモードである.変異モードは,正規セルとは流れが逆向きの変異 セルが,両端面もしくは一方の端面に現れるモードである[3].
多くのテイラー渦流れの研究[1][4]が,無限,ある いは中程度のアスペクト比の場合を対象 としている一方,いくつかの研究がアスペク ト比1付近の場合に 注目している.Benjaminら[3]は,分岐理論と物理実験により変異 セルの存在を確認 し,内円筒周速度に基づくレイノルズ数とアスペクト比をパラメータとする空間で, 正規2セルモードと変異1セルモードが占める領域を求めている. Cliffe[5]は,定 常支配方程式を有限要素法により解析し,対称2セル流れと非対称1セル流れが現れ る境界を決定している.またPfisterら[6]は,非定常支配方程式を 用いて同様な境界 を決定するとともに,レイノルズ数が減少する場合に,非対称1セルが対称2セル流 れに移ることを見出している.一方,戸谷ら[7]とNakamuraら [8]は,詳 細な物理実験を行い,変異セル がエクストラ渦を伴うことや,エクストラ渦が発達したツインセルモードが現れるこ とを明らかにしている.しかし,この実験的事実に対して,レイノルズ数が変化する 非定常過程としてのモードの生成および遷移については,未だ十分な解明がなされて いない.
本研究では,アスペクト比がほぼ1であるテイラー渦流れにおいて,実験により示さ れているモードの存在を数値的に確認するとともに,実験的には確認が困難である各 モードの生成過程を調べる.また,内円筒が徐々に減速する場合に,あるモードの流 れが他のモードに遷移するメカニズムの解明を進める.
内円筒半径をR1,外円筒半径をR2とし,半径比をR1/R2,
アスペクト比
を,
円筒の半径差
D(=R2-R1)に対する作動流体の軸方向長さLの比とする.また瞬
時の内円筒回転角速度を
とし,瞬時のレイノルズ数Reを
とDより見積も
る.各物理量は,代表長さD,本論文で示すそれぞれの計算において達成される最大
の内円筒回転角速度
による代表速度
,そ
して代表長さと代表速度の比の代表時間
を用いて無次元化する.
支配方程式は,通常の記号を用いた軸対称Navier-Stokes方程式と連
続の式
(1) |
(2) |
(3) |
軸対称流れを対象としているため,波動テイラー渦等の方位角方向に変化する流 れは本研究の予測範囲ではないが,以下の結果に示すように 多様な流れパターンが得られた.
離散化はMAC法に基づき,対流項にはQUICK法,他の空間積分については2次中心差 分,そして時間積分にはオイラー法を用いる.圧力ポアソン方程式の解法には,SOR 法とILUCGS法を併用する.ポアソン方程式の収束判定は,平均残差が10-4未満として見積もる. 格子は各方向に等間隔のスタガード格子である.格子点数 は,半径方向に80,軸方向にはアスペクト比1.0に対して80となるように比例調整す る.この格子点数は,計算結果に影響を及ぼさない十分な数であることを確認してい る.
壁面における境界条件として,速度にはすべりなし条件を,圧力には運動方程式に基 づくノイマン形条件を与える.初期条件として,全ての領域にわたり速度成分の値に 0を規定する.そして,計算開始とともにレイノルズ数を0からRe0までステッ プ的に上げる.
モードによっては時間的な変化が無くなる解が得られるが, 流れが十分に発達して定常状態に達したと判定できる時間は,内円筒お よび外円筒に働くトルクの時間ステップあたりの変動が十分小さく,数値誤差程度に なる時点により見積もる.減速流の計算においては,レイノルズ数は時間t1から直 線的に減少し,時間t2で再び一定になるものとする.
具体的な半径比は,戸谷ら[7],Nakamuraら [8]の実験にあわせて0.667とす る.なお以下に示す図においては,分かりやすさのために,z座標の表示には,作 動流体の軸方向長さLで正規化した値を用いる.
31 完全発達流のモードと定常モードの流れ アスペクト比を0.1から1.6まで0.1刻みの16種類,レイノルズ数を100から1500まで 100刻みの15種類にとった,合計240通りの場合について,十分に発達した流れが持つ モードを図1に示す.ここで,現れるモードは,正規2セルモード(N2),変異1セル モード(A1),非定常な挙動を示す非定常モード(Unsteady mode),そしてツインセ ルモード(Twin)の4モードである. 非定常モード以外の各モードについては,実験的に見い出されている[7].
レイノルズ数が低い場合には,アスペクト比にかかわら ず,上下端面近傍において外円筒側から内円筒側に向かう流れが存在する,正規2セ ルモードが現れる.アスペクト比が比較的大きい,あるいは小さい場合には,レイノル ズ数が高い範囲でも,正規2セルモードが発生する.このモードの流れの例を,速度 ベクトル図として図2に示す.なお,以下の図でも同様であるが,このような方位角方 向の断面図においては,左側が内円筒側,右側が外円筒側であり,便宜上,円筒の両 端面を,上側端面,下側端面として区別することにする.また速度ベクトル図に付 した,は,それぞれセルの回転方向が時計回り,反時計回りであることを示す. 正規2セルモードでは,上側,下側の両端面に隣接した領域で,外円筒側から内円筒 側に向かう流れが存在する.図2(a)に示す =1.0,Re=800の 場合には,軸方向中央 断面に対してほぼ対称な流れとなっている.一方,同じアスペクト比において, 図2(b)に示すRe=200では,2セルのうちの一方が大きく成 長し,他方は下側端面側に小 さく押し込められた形となっている.しかし,小さいセルも半径方向全域にわたり広 がり,大きなセルは,上側と下側の両端面に接するようなことはない.
変異1セルモードの例を図3に示す.この図では,Nakamuraら[8] による可視化実験 の結果もあわせて示す.図3の変異1セルモードでは,支配的な一つのセルが上側, 下側の両端面に接している.また,このセルとは反対方向に回転するエクストラ渦 が,下側端面の内円筒側と外円筒側に,それぞれ一つづつ現れている.ただし,外円 筒側のエクストラ渦は弱く,図中には明確には現れていない.この変異1セルの予測 結果は,可視化実験による流れの様子と良く一致している.
図4はツインセルモードにおける速度ベクトル図の例である.半径方向に並んだ二つ のセルが形成されており,また,下側端面の内円筒側に一つの小さな付加的なセル が現れている.先の正規2セルモードでは,二つのセル間の境界線は,内円 筒壁面および外円筒壁面に達しており,変異1セルモードにおいては,境界線の一端 は円筒壁面上に,もう一端は円筒端面上にある.一方,ツインセルモードの半径方向 に並んだセルの境界線は,上側端面と下側端面を結んでおり,これがこのモードの特 徴となっている.
図2(b)に示したように,正規2セルモードには必ずしも対称ではない流れも存在す る.この流れは,Cliffe[5]が非対称1セル流れあるいは非対称1セルモードと呼ん でいるものであり,Luckeら[9]によっても実験的および数値的に見出さ れている.一方,彼らは図3お よび図4に示す変異1セルモードやツインセルモードを見出していない. 図1中の非定常モードでは,後にも述べるような非定常的な運動を示す.Pfister ら[6] は,半径比=0.5の場合に,レイノルズ数を上げると安定性が失われ,軸対称振動が 現れることを報告している.半径比が異なるため正当な比較はできないが,本研究に おける非定常モードは,この軸対称振動に相当するものと考えられる.なお,レイノル ズ数が高くなると波動テイラー渦へと移行するものと考えられるが,図 1に示す非定常モードが現れる範囲で物理実験を行ったところ,方位 角方向への変動の発生は認められなかった.
32 定常モードの流れの形成過程 作動流体の長さが2円筒隙間の数倍であるような有限長のテイラー渦において,静止 状態から流れが発達する場合には,2次流れにより両端面近傍にもたらされる渦が次 第に発達しはじめる一方で,アスペクト比に応じて,端面から離れた領域にも渦が生 成されていく過程が数値的に示されている[10][11].
対称な正規2セルモードが現れる =1.0,Re=200の場合に,静 止状態から定常状態 に至るまでの,流れの関数の等値線図の時間tに対する変化を図 5に示す.内円筒壁面と,上側端面,下側端面のそれぞれには さまれた領域に一つづつの渦が生じ,それらが半径方向および軸方向に急速に発達す る.その後,軸方向中央断面付近で二つの渦が境界を接するようになると,半径方向 に広がり,最終的に正規2セルモードで安定する.
図6に,変異1セルモードの流れが形成される過程を示 す.内円筒側の上側お よび下側端面付近に生じた渦は,しばらくは上下でほぼ対称に発達し,正規2セル モードを保つ.しかしこのモードは安定せず,この例では,上側のセルが急激に増 大しはじめる.その結果,下側のセルは押しやられ,さらに,二分されるようにな り,上側のセルは下側端面に達する.二分されたセルは減衰し,内円筒側と外円筒側 でエクストラ渦となり,流れは安定した変異1セルモードとなる.
ツインセルモードの形成過程を図7に示す.変異1セル モードの場合と同様に,ほ ぼ対称な正規2セルモードの流れが形成された後に,対称性が急激に崩れ,一つのセ ルは二分される.分割されたセルのうち,外円筒側のセルは,その後も減衰すること なく,やがて上側と下側の両端面に達する境界をもつまでに発達し,半径方向に二つ のセルが並んだツインセルが形成されるようになる.分割後に内円筒側に押しやられ たセルは,エクストラ渦となり残存する.
このような上下非対称の流れは,物理実験的には装置の微小な形状や温度の非対 称性, 初期流れが完全には静止していないことなどの要因により,ありうる非対称性のいず れが選ばれるかが決まる[3].本研究のような数値実験では,数値 誤差によって,ありうる非対称性のいずれかが選ばれる. どの非対称性が選ばれても,その後の時間発達は固有の力学によって決まる と考えられる. 本計算においては,非対称性をもたらす大きな要因として,圧力ポアソン方程式の反 復解法における変数の走査順序による数値誤差が考えられる.このため,たとえば図 6が得られる計算条件においてz方向への走査順序を逆にした計算を行ったところ, 図6とはz軸中央断面に対して対称であり,下側のセルが増大する変異1セル モードが得られた.
33 非定常モードの流れ
図1の非定常モード(Unsteady mode)の流れは,一定の周期でそのパター
ン変化を繰り返す,非定常な運動を示す.この非定常な運動を大局的にとらえるため
に,
=0.5であり,Reが600および1500における,断面平均のエンストロフィ
(4) |
図9中の時点1から時点6における,流れの関数の等値線 図を図10に示す.エンス トロフィが極小をとる時点1においては,内円筒と下側端面にはさまれた領域の小さ なセルを含めて,半径方向に四つセルが存在する(図10(a)).その後,外円筒側の セルが減衰する一方で,外側から2番目のセルが強まり(図10(b),時点2),それ が内円筒側のセルと融合することで,流れは2セルの状態になる(図10(c),時点 3).融合したセルは,もう一方のセルを上側へと押し込み,支配的なセルに成長 し,エンストロフィも極大に達する(図10(d),時点4).その後,押しこまれたセ ルが軸方向に急激に広がり,時点4で支配的であったセルを分断するようになり(図 10(e),時点5),さらには半径方向に四つのセルが並んだ状態に至り,エンストロ フィは極小になる(図10(f),時点6).時点1と時点6の分布は,軸方向におよそ 対称な分布となっている. 時点6以降の変化は,ほぼ時点6までの変化とは逆の,時点5の分布,時 点4の分布を経て時点1の分布に戻るが,時点6の分布から時点4の分布 への変化は時間的に緩やかである一方で,時点4の分布から時点1の分布 への変化は急激である. これより,図9のエンスト ロフィ分布の2周期分が,図10の変動の1周期分に相当することになる. なお,図9,10に示されるエンストロフィ は,非常に長い時間が 経過しても同じ周期で変動し続けることは確かめてある. また, Nakamuraら[8]の拡張として物理実験を行ったところ,この流れに相当 すると思われる非定常な運動を認めることができた.
34 モード間の非定常な推移 ある一定のレイノルズ数で十分に発達した流れにおいても,レイノルズ数が変化する と,異なるモードの流れに移ることがある.著者ら[12] は,作動流体の軸方向長さLが円筒の半径差Dの数倍の場合に対して,この非定常なモー ド変化過程を調べ,物理実験との良い一致を示している.本節では,対象としたアス ペクト比の範囲において,レイノルズ数を次第に減少させた場合に予測される,正規2 セルモード,変異1セルモードおよびツインセルモードの間でのモード変化について 述べる.
アスペクト比を0.8とし,レイノルズ数を500から100に減少させた場合の,変異1セ ルモードから正規2セルモードへの変化を,流れの関数の等値線図 により図11に示す.同様なモードの移り変わりは,例えばレイノル ズ数を350から340まで減少さ せた場合にも現れたが,等値線図における変化が顕著な例として図 11を用いる. 内円筒周速度に基づくレイノルズ数の減少はt=1500から始ま り,t=3000で終わり,以後のレイノルズ数は100に保たれている.t=1500の時点で は,内円筒側,外円筒側それぞれにエクストラ渦を伴った変異1セルモードであり, Re=500におけるモードが維持されている.しかしこのモードは不安定であり,次 第にエクストラ渦が成長,融合し,正規セルとなる.融合したセルは成長を続け,最 終的には軸方向にほぼ対称な正規2セルモードに移る.
図12に, =1.0,Re=800の正規2セルモードの流れに対して,t=2400から始め t=4800でRe=500にいたるまで減速した場合に現れる,変異1セルモードへの変化を 示す.対称性は,減速が終了する前から崩れ始め,一方のセルが他方のセルを端面側 に押しやり,やがて分断するようになる.分断されたセルは減衰し,最終的に変異1 セルモードのエクストラ渦となる.このような一方のセルが卓越して他方のセルを分 断する過程は,図6に示した変異1セルモードが生成さ れる過程にもみられる.ま た,先の変異1セルモードから正規2セルモードへの変化も考慮すると,これら のモード間での流れの変化は,新たなセルの発生や消滅により引き起こされるので はなく, 内円筒側,外円筒側のエクストラ渦と正規セルとの交換によって引き起こされて いるといえる.
アスペクト比0.8,レイノルズ数を1000から600にした場合の,ツインセルモードから 変異1セルモードへの変化を図13に示す.レイノルズ数が減少し始 めると,内円筒側で 付加的な小さな渦が現れる端面とは反対の端面上で,ツインセルの境界が次第に外円 筒側に移動し,やがて,端面から外円筒壁面に移ることで変異1セルモードへと変化 して落ち着く.
両端が固定壁面で,内円筒が回転し,外円筒が静止している同軸2重円筒間に発達す るテイラー渦流れにおいて,動作流体の軸方向長さの円筒間隙に対する比が1のオー ダの場合に,発生する流れのモードと,レイノルズ数の減少に伴うモードの変化を数 値的に解析した.以下に,本研究の結果を要約する.
(1) 正規2セルモードに加え,これまで実験的には存在が示されてきた変異1セル モードとツインセルモード,および非定常モードの存在を予測し,各モードが 存在するレイノルズ数とアスペクト比の範囲を示した.
(2) 初期の静止状態から変異1セルモードおよびツインセルモードが形成される場 合,流れはほぼ軸方向に対称な2セルモードを経て,急激なパターンの変化により, 非対称なモードにいたる.
(3) 非定常モードにおいては,流れパターン変化の1周期が,断面平均エンストロフィ 変化の2周期に相当する.
(4) レイノルズ数の減少による正規2セルモードと変異1セルモード間の流れの変化 は,エクストラ渦の融合による正規セルの生成,および,正規セルの分割によるエク ストラ渦の発生により起こる.