2011年03月31日メディア科学専攻・認知情報論講座
川合研究室
●研究の概要
私の研究室のテーマは、ヒトの「心の輪郭」を探ることです。「心の輪郭」とは、ヒトの心の境界領域を表すために私が作った言葉です。ヒトという生物の身体を見れば、肺呼吸のように多くの脊椎動物に共有されているシステムから、親指が他の指と向き合うという霊長類だけがもつ特徴や、直立二足歩行のように人類だけの特徴もあります。心の働きが脳に由来するなら、脳は進化の産物ですから、ヒトという心も、ヒトに固有なところから、他の動物に共有されているところもあるはずです。そのように進化を通じて形成されたヒトの心に固有な境界線のようなものを調べたいと考えています。とくにヒトの高い知性は際立っているように思えるので、その起源や進化を探ることを目指しています。
「名古屋大学の研究」もご覧下さい。
http://www.respo.provost.nagoya-u.ac.jp/pv_researchk.php?did=137
●研究テーマ
私がもっとも関心があるのは、「ヒトはいかに、そしてなぜこれほど知的な存在であるのか」ということです。そのため、ヒトの認知実験だけでなく、京都大学霊長類研究所の共同利用のシステムを利用してサルの認知実験も行っています。
●研究の手法と対象範囲
私はヒトの心を多角的に理解するため、進化と発達の2つの軸から比較研究を行っています。生まれる前の胎児が学習しその記憶が生後も持続することを明らかにしました。乳幼児や成人だけでなく、最近は高齢者の研究を、ヒトと霊長類の両方で行っています。また、行動実験だけではなく、遺伝子解析・自律神経系および脳波などの生理反応測定・心理行動実験など、さまざまな手法を組み合わせて人間の認知活動の特徴を解明しようとしています。
●近年の研究
この他に、科学技術振興機構(JST)のERATO岡ノ谷情動情報プロジェクトのグループリーダーを務めています。このプロジェクトではコミュニケーション場面で生じる認知や感情を調べています。私たちは、ちょっとした声の調子や微妙な表情の違いで、相手の気持ちを読み取り、それが本心かどうかをみやぶることができます。感情知と読んでいますが、わたしたちはどのようにしてそのような情報を読み取り、発信しているのか、そのメカニズムを解明することがプロジェクトの目標です。ここでは多くの研究員の方と一緒に研究をしています。
そのなかの1つに能面の研究もあります。能面は、無表情の代名詞のようにいわれますが、角度を少し変えるだけで、悲しんで見えたり喜んで見える不思議な構造をしています。電子社会でアバターなどが大げさな動きをするなかで、表現を最小限まで削ぎ落とした情動の表出とはどのようなものか、という視点からミステリアスな面と向き合っています。
●基礎研究から社会の問題を解決する認知科学研究へ
サルの実験や生理学的な研究は、非常に基礎的なものですが、サルの心や脳の活動を知りたいわけではありません。それらを通じて見えてくる、人間の認知や社会の活動を知ることが目的です。
最近、特定の遺伝子型を持つ人は、うつ病やアルコール依存症になりやすく、主観的に経験するネガティブな事象が多いことがわかってきました。実は、虐待を受けた人も同じようになります。どちらのタイプの人も、嫌なことに対する経験を抑制する脳領域が、成長のある段階で十分に発達しなかったためと考えられています。つまり、遺伝と経験の両方が、ストレス事象に対する脆弱性を生み出します。
この脳内の神経伝達物質量を調整する特定の遺伝子型は、サルにも存在することがつい近年になって発見されました。そこで、サルの遺伝子型とネガティブな経験に対する反応の関連を調べています。将来的には、虐待を受けた人の役に立つ知見を得たいと考えています。
また、日本は現在、65歳以上の人口が22%もいる世界一の高齢社会です。2050年には40%に達すると推計されています。加齢にともない変化する認知特性として4つのことが知られていますが、そのうちの1つである「抑制機能の低下」を実験的に調べています。してはいけないことをしてしまう、つい周りの雑音に注意が向いてしまい、やるべきことを放り出してしまう、人のいうことを聞かない、などです。社会で高齢者を受け入れ、活用するためには高齢者の認知特性を知る必要があります。そのため、生まれや経験を完全に統制できる老齢ザルでの基礎研究や、ヒトでの心理・行動実験、脳の活動を調べる実験等も行っています。
●主な受賞
文部科学大臣表彰 若手科学者賞(2005)
日本学術振興会賞(2010)
日本学士院 学術奨励賞(2010)
その他