2012年8月10日西村治道 准教授(計算機数理科学専攻)2012/4/1着任

2012年4月に着任した西村は、量子計算・量子情報の理論を専門にしており、理論計算機科学の立場から量子力学を用いた情報処理技術の可能性と限界を探究しています。

現在の計算機は物理法則の観点において、マクロな系が従う古典力学を基本原理として設計されています。計算機はその誕生以降、基本となる素子の微細化によりどんどん高速化が行われてきましたが、ある程度まで微細化するとミクロな系が従うとされる量子力学の原理およびそれによって生じる効果を考慮に入れる必要が出てきます。当初は、そのような効果は古典力学を基盤とする計算機にとっては基本的に望ましいものではなく、効果が出ないよう制御すべきであると考えられてきたのですが、1980年前半にノーベル賞物理学者Feynmanは、逆に量子力学を基本原理とした計算機を考えることにより、量子力学系の高速なシミュレーションなど計算に対する従来にない高速化の可能性を指摘しました。

量子力学の原理として計算の高速化に有用そうなものが重ね合わせの原理です。この原理によると図のように、1つの量子力学系で0と1を表す2つの状態の様々な重ね合わせが状態として実現できて、しかも0と1は重ね合わせのままで並列に処理できます。この考え方を拡張すると、量子力学を原理とする計算機(量子計算機)なら1台で、従来の計算機を何台も使って行うような並列処理が原理的に可能となります。重ね合わせの原理による並列計算のアイデアを基にした量子計算機の理論モデルは1985年にOxford大学の物理学者であるDeutschによって定式化されましたが、実際に量子計算機が真に有用な何かを高速に解くとわかったのは1994年のことでした。 この年、Bell研究所の理論計算機科学者Shorは整数の素因数分解を高速に解く量子計算機を使ったアルゴリズム(量子アルゴリズム)を考案しました。インターネット上のセキュリティを保証するRSA暗号の安全性は整数の素因数分解が高速に解けないことを前提としているため、Shorのアルゴリズムはインパクトを持って受け入れられました。以降、量子計算の研究のみならず、量子情報科学と総称される量子力学を用いた情報処理技術の研究全般も盛んになり、現在に至っています。

前置きが長くなりましたが、私自身の研究の興味は量子計算機による計算の理論とその応用にあります。量子計算機で整数の素因数分解以外に何が高速に解けて何が解けないかはこれまで多くの研究がなされ、新しい量子アルゴリズムや逆にNP完全問題は量子計算機でも高速に解けないであろう証拠など可能性と限界両面で進展がみられていますが、全容は未解明です。その理由の1つは、そもそも量子計算機の能力に量子力学のどのような特性がどの程度影響するのかがはっきりとしていない部分にあります。例えば、重ね合わせの原理以外に量子計算機に有用な量子力学の特性として、エンタングルメントと呼ばれる量子力学特有の相関がありますが、エンタングルメントの量が計算の理論に果たす役割はどの程度なのでしょうか。このような多様な量子力学の特性が計算にどんな影響を与えるのかについて知見を深め、暗号や通信を含む情報処理にどんな形で応用できるのかについて理論的構築をしていければと思っています。

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