2015年09月09日泉田 勇輝 助教(複雑系科学専攻)2015/4/1着任
2015年4月に複雑系科学専攻多自由度システム情報論講座に着任しました泉田勇輝と申します。非平衡系の熱統計力学、非線形動力学を研究しております。特に工学的な視点と基礎物理学的な視点を融合する研究に興味があります。これまで主に熱機関の熱効率に関する研究を行ってまいりました。
熱を仕事に換える熱機関の研究とはずいぶんと古めかしい印象があるかもれません。歴史的には熱力学は産業革命時代、蒸気機関の熱効率を上げようとする努力の中から発展しました。フランスのサディ・カルノーによる理想熱機関(カルノーサイクル)の発見により熱エネルギーを仕事に変換できる割合である熱効率は1には到達できず、熱源の温度で決まる原理的な上限値(カルノー効率)が存在すること(熱力学第二法則の発見)が明らかになりました。熱の流れを動力に換える熱機関に対する普遍的な法則の存在と熱力学の定式化はその後の技術や科学の発展に大きな影響を与えました。
一方、カルノー効率を達成する理想的な熱機関は無限にゆっくりと動く準静的極限で定義されるため、仕事率(単位時間当たりの仕事、パワー)がゼロとなってしまうという実用上の問題があります。準静的極限を離れた熱機関は非平衡状態となり、その熱効率は従来の熱力学では扱えない問題となります。こうした問題は以前より指摘されており、より現実的な指標として、熱機関の「最大仕事率時の熱効率」がカルノー効率のように熱源の温度だけで決まるという現象論的な予測が様々な研究者たちによって提案されてきました。以前は熱工学的な観点から興味をもたれてきたこの熱効率の予測は、近年非平衡熱統計力学の分野でも大きな注目を集めています。もし準静的極限を離れてそのような単純な法則が熱機関に対して成立するとすればそれは驚くべきことです。
我々はこの問題に対して、有限時間カルノーサイクルの数理モデルを提案し、分子動力学シミュレーションによる数値実験と分子運動論的な解析を行いました[1,2]。その結果、熱機関の最大仕事率時の熱効率が温度差の小さな範囲ではカルノー効率の半分で与えられるという予測を初めてミクロスコピックな観点から実証し[1](図参照)、そのメカニズムも明らかにしました[2]。
ポイントとなったのは、19世紀から知られていた熱流と電流の間に生じる交差現象(熱電効果)です。この交差現象を利用して温度差から電位差を作り出したり(ゼーベック効果)、その逆として電位差から温度差を作る(ペルチェ効果)こともできます。このような現象を利用したデバイスである熱電素子は現在では我々の身の回りでも使われています。熱電効果は温度差や電位差の小さい領域で生じる線形非平衡現象であり、ノーベル賞を受賞したラルス・オンサーガーによって線形非平衡熱力学の形で統一的に理解されています。オンサーガーはこのような熱流と電流の相互誘起はミクロな原子・分子が従う運動方程式のもつ対称性を反映した、一定の対称性(「オンサーガー対称性」)によって制約されていることを発見しました。我々は温度差の小さな線形非平衡熱機関による熱から仕事への変換現象も、熱流と運動流の間のオンサーガー対称性に制約される交差現象として捉えられることを明らかにしました[2]。これにより、力学的な仕事への変換(カルノーサイクル)も電気的なエネルギーへの変換(熱電素子)も共に熱の流れの変換現象として、非平衡熱力学によって統一的に理解することが可能となります。またこの理論の解析から有限時間カルノーサイクルはこの効率限界を達成する理想モデルであることも示しています。このように熱機関の効率限界という工学的な量が基礎物理学によって理解可能となる点にこうした研究の面白さがあります。
まもなくカルノー効率の発見(1824年のカルノーによる「火の動力」の出版)から200年が経とうとしています。「熱の科学」への興味が新しい問題意識とともに再燃している時代を迎え、名古屋の地で「工学と基礎物理学の融合」をキーワードにユニークな研究を展開していきたいと考えております。
[2] "Onsager coefficients of a finite-time Carnot cycle", Yuki Izumida and Koji Okuda, Phys. Rev. E 80, 021121 (2009)