開催趣旨
近年、心理学、進化生物学、人類学、神経生理学、認知科学などの分野で「道徳性」に焦点を当てた研究が盛んに行われています。その一方、工学の分野では、テクノロジーや機械のデザインに「道徳」や「価値」を反映させようという研究、あるいはロボットや人工知能に倫理的に判断・行動する能力を持たせようとする研究が行われています。こういった科学と工学による道徳性への新しいアプローチは、私たちの知らなかった道徳性の側面を明らかにしてくれるでしょう。20世紀、自然科学と人工知能の発展によって「知能とは何か」という古くからの問題に新しい光が投げかけられたように、21世紀にはこれらの発展によって「道徳とは何か」という問題に新しい光が投げかけられるかもしれません。そこで私たちは2016年から、様々な分野のアプローチから道徳性について考える学際的な研究プロジェクト、「Morality mod Science」を推進してきました。
このプロジェクトの中で、これまで私たちは様々な分野の専門家を招いて道徳性について議論をしてきました(過去の研究会についてはこちらをご覧ください)。そのような議論の蓄積を踏まえて、「道徳性」あるいは「倫理」という概念について、改めて考え直すために、集中的なディスカッションを行なう機会を持ちたいと思います。このディスカッションから何か新しい有益な道徳性の概念、道徳性のモデルを生み出すことを期して、本イベントを「モラルハッカソン」と名付けました。
議論の土台を提供していただくために、倫理学者の佐藤岳詩先生、蝶名林亮先生、岡本慎平先生、地球惑星科学者の熊澤峰夫先生の4名に講演をお願いしています。佐藤先生と蝶名林先生には、メタ倫理学の観点からそれぞれ、道徳に関わるものと道徳に関わらないものの区別は何か、いかにして経験的な方法によって道徳的義務についての主張を正当化することができるかというテーマでお話をしていただきます。岡本先生には近々公刊される予定の翻訳書『ロボットに倫理を教える』(原書はW. Wallach and C. Allen, Moral Machines: Teaching Robots Right from Wrong)の紹介をしていただきます。熊澤さんには地球史を俯瞰する観点から将来の道徳について、さらにご自身の経験から科学者と哲学者が協働することの意義と難しさについてお話をしていただく予定です。
日時・場所
- 日時:2018年11月24日(土)13:00-1800、11月25日(日)10:00-17:00
- 会場:名古屋大学 情報学研究科棟1階第1講義室(キャンパスマップ,アクセス)
プログラム
- 11月24日(土)
- 13:00- 趣旨説明
- 13:30- 「道徳の領域を見定める − R.M.ヘアとP.フットの論争を手掛かりに」佐藤岳詩(熊本大学)
- 15:00- 「道徳の規範性を「科学的」に発見する?−近年のメタ倫理学における自然主義と非自然主義の論争から−」蝶名林亮(創価大学文学部)
- 16:30- ディスカッション
- 18:30- 懇親会
- 11月25日(日)
- 10:00- 「科学研究者がみるMorality mod Science」熊澤峰夫(名古屋大学名誉教授)
- 11:00- ディスカッション
- 12:00- 休憩
- 13:30- 「ロボットに倫理を教えるということの困難――『ロボットに倫理を教える』解説と論点――」岡本慎平(広島大学文学部)
- 14:30- ディスカッション
- 17:00 解散
講演要旨
- 佐藤岳詩「道徳の領域を見定める − R.M.ヘアとP.フットの論争を手掛かりに」
道徳は様々な隣接分野をもち、ときにそれらより持ち上げられ(政治や経済よりも道徳は大事だ、など)、ときにそれらより下におかれる(科学や芸術は道徳なんかに足を引っ張られてはならない、など)。しかし、ひとたび立ち止まって考えてみると、道徳とそのほかの領域を分ける規準はそれほど明確ではない。たとえば「美しく生きよ」や「拷問してでも爆弾の在処を吐かせるべきだ」「科学の進歩は人類にとって何より重要だ」などの発言は道徳の領域のうちでなされた発言だろうか。そうだとすれば、もしくはそうでないとすれば、この発言の中のいったい何がそうさせるのだろうか。あるいは近年、人工知能開発の発展によって、ロボットに道徳をプログラムすることも検討されているが、いったい何を搭載したら、道徳をプログラムしたことになるのだろうか。本報告では、20世紀半ばにイギリスで繰り広げられた論争を手掛かりに、道徳にかかわるものと、道徳にかかわらないものを区別する境界を探索し、道徳の領域を見定めることを試みる。
- 蝶名林亮「道徳の規範性を「科学的」に発見する?−近年のメタ倫理学における自然主義と非自然主義の論争から−」
西洋の倫理学史において、観察や実験などを用いる科学的な方法によって道徳の規範性の説明・発見を試みようとする経験主義的な発想と、それを否定する理性主義的な発想の二つが、それぞれ大きな潮流を作ってきたように思える。この潮流は現代のメタ倫理学においては自然主義と非自然主義という二つの立場に引き継がれており、今なお、活発な論争が繰り広げられている。自然主義側の基本的な主張は、経験科学のそれと地続きである経験的手法によって道徳が持つ強い規範性を説明できるというものである。では、自然主義者はどのような仕方で、われわれに道徳に従う理由が課されていることを「科学的に」示そうとするのだろうか。本報告ではこのような問題意識のもと、現代の自然主義的な道徳理論のいくつかを紹介し、それらの妥当性を検討していく。
- 熊澤峰夫「科学研究者がみるMorality mod Science」
TBA
- 岡本慎平「ロボットに倫理を教えるということの困難――『ロボットに倫理を教える』解説と論点――」
ウェンデル・ウォラックとコリン・アレンのMoral Machines: Teaching Robots Right from Wrong. Oxford University Press 2009(岡本慎平・久木田水生訳『ロボットに倫理を教える:モラル・マシーン』名古屋大学出版会、近刊)では、社会の様々な場面においてロボット・人工知能が人間の福利に直接的な影響をあたえるようになる前に、そうしたシステムの行動が我々にとって安全であるよう規制するための枠組み―すなわち倫理―を実装することの重要性と、そのための試案が考察された。しかし、本書によってわかったのはどうすればできるのかというよりも、むしろそれがいかに困難な仕事であるかということだった。トップダウンに既存の倫理学理論をそっくりそのまま人工知能に実装するなど不可能であり、ボトムアップの創発に頼っても安定性に欠けてしまう。そのようなロボットに倫理を教えるというプロジェクトにとって、とくに我々倫理学者にはいったい何ができるのだろうか?本発表では、ウォラックとアレンの『ロボットに倫理を教える』で論じられた主要論点を解説し、主たる争点がどこにあるのかを考察する。それとともに、同書刊行以降のこの主題に関する研究を概括し、ウォラックらの研究の重要性を再確認する。
本研究プロジェクトはJSPS科研費JP16H03341「科学に基づいた道徳概念のアップデート」の助成を受けています.